● 躰道が誕生するまで
1945年、第二次世界大戦の末期、
後年の躰道創始者・祝嶺制献が特攻隊員として、沖縄近海で作戦中の敵艦に攻撃の内命を受け、
肉薄必中術策を懸命に思案。そのときに旋・運・変・捻・転の運動法則を基にした動態に発想をえて、
三次元の運動空間に適応できる実技を編み出した。
1946年、大分県南海部群明治村の山中、1948年沖縄県国頭群久志村の海上にある無人島で
運技・変技・転技の一部を創作し、1949年静岡県伊東市において実技を初めて公開。
1953年から約10年間東京を中心に大学・自衛隊・会社団体など120余の関係道場で実験的に指導するなかで、
新武道を創造するための基礎的な内容を整え、1962年に旋技・捻技を完成し、
各技をまとめて「躰道」と称するようになった。
1963年「躰道」として旋・運・変・捻・転の実技を科学的に解明するために、
人間の存在、社会の状態、宇宙の処理等と、武道における公理の根源要素、
法形完成の思想との相関関係を基に法則化をはかる。
1965年に、動功<操体の法則>、制御<相剋の法則>、体気<呼吸の法則>、
法形<体・制・命・玄>、経絡<陰陽の調整>などと
「物理像」「生理像」「心理像」「情緒像」を一元的に体系化して「躰道」を集大成した。
※『三鷹高校躰道部 創部30周年記念誌』から抜粋
● 躰道の主な歴史
1967年 町田市にて第1回全日本躰道選手権大会開催
第1回全国学生躰道優勝大会開催
躰道新報創刊。
1968年 日本躰道協会事務所、中野に開設
1973年 第1回全国高校生躰道優勝大会開催
第1回全国実業団躰道優勝大会開催
1974年 第1回全国範士大会開催
1977年 第1回全米躰道選手権大会開催
1979年 第1回全国少年少女躰道優勝大会開催
1983年 世界躰道連盟発足
1984年 第1回国際親善大会開催
1988年 「躰道教範」刊行
1991年 第1回全国社会人躰道優勝大会開催
1993年 第1回世界躰道選手権大会開催
2001年 日本武藝躰道宗家・躰道本院・祝嶺正献最高師範逝去
2002年 日本武藝躰道宗家襲名、二代目祝嶺正献を妻・和子様襲名
八段範士八人後見人(高道玄三朗・志摩制基・近藤光男・池内和彦
土井肇・ 中村正弘・板山昌司・斉藤登)
2004年 「躰道教範」刊行
2005年 日本躰道協会、NPO法人化
● 躰道創始者・初代宗家 祝嶺正献最高師範略歴
1925年 沖縄県名護市有銘に生まれる。
1933年 佐渡山安恒氏に空手を初めて学ぶ。
1937年 岸本祖考氏に師事。
1945年 旋体・運体・変体・捻体・転体の運動をもとにした動態に発想をえて、
三次元の運動空間に適応できる実技を研究。
1946年 大分県の山中、沖縄県の無人島(平島)において運技・変技・転技の一部を創作。
1948年 静岡県伊東市湯川で新実技を初めて公開し有志を集めて指導。
1953年 玄制流空手道を創始して本格的に指導を開始。約10年間にわたって
東京を中心に大学・自衛隊・会社団体等の道場で実験的に指導。
1956年 大日本武徳会から空手道八段範士の称号を授与される。
1962年 新武道に必要な各技を完成して「躰技」と呼称。
1963年 「躰道」の基本技を科学的に理論立てるとともに
武道の根源要素である体気・動功・制御の在り方と
人間の存在・社会の動態・自然の摂理との相関関係を基に原理化を図る。
「新空手道教範」(日本文芸社)刊行。
1965年 体気<呼吸の法則>・動功<操体の法則>・制御<相剋の法則>を一元的に体系化し、
理論的な基本原理を確立して新武道「躰道」を集大成。
同年1月23日、日本躰道協会を設立して同協会々長、日本躰道本院宗家最高師範に就任。
1977年 祝嶺制献から祝嶺正献へ改名。
1983年 世界躰道連盟を設立して同連盟総監に就任。
1988年 「躰道概論」(現代書林)刊行。
日本武藝躰道宗家、躰道本院最高師範に就任。
2001年 11月26日静岡県伊東市大室高原、躰道本院「岳雲荘」にて没す。
享年76歳。
※『三鷹高校躰道部・創部30周年記念誌』より抜粋